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横田滋さん逝去の報に接し。

横田滋さん逝去の報に接し。

横田滋さんが亡くなられました。
この事実があまりにも悲しい出来事であったがゆえに、なかなか言及することができませんでしたが、以下自分の思いを述べさせていただきます。

横田滋さんが拉致された娘に会うこともできず、亡くなられたこと。もしめぐみさんが存命であっても、二度と父と娘の再会を果たすことができない、というこの現実を重く受け止めなければなりません。

昨年、青山繁晴議員を招いての憲法フォーラムを開催させて頂きました。その講演の中で、青山先生が、当時の関係者の証言を交えて、めぐみさんの拉致の様子を具体的に話して下さいましたが、そのときのめぐみさんがどれだけ怖かったか、苦しかったか、そして悲しかったか、想像するに余りあります。

戦争に負けた、ということを契機に安全保障を正面から考えること自体が長らくタブーとされてきた日本において、北朝鮮という国が拉致をしていることが認められることなく、ましてや拉致された国民を取り戻すことなど到底考えられてきませんでした。嘘つき呼ばわりされることも少なからずあったと聞いています。

しかし、その後、横田夫妻を中心とする地道な活動が実り、一部の拉致被害者の方々は帰ってくることができました。しかし、めぐみさんはその中にいませんでした。北朝鮮の元工作員の証言の多くは、めぐみさんが存命であることを伺わせるものでありながら、結局娘に会いたいという滋さんの夢を実現させることができませんでした。

そのことに対して、政治に携わる者の一人として、心からのお詫びを申し上げます。また、改めて親子の関係を引き裂いた北朝鮮に対して強い憤りを感じつつ、このような悲劇は二度と繰り返させないためにも、国民の生命と安全を守るべく尽力して参ることを誓いたいと思います。

でも、それだけではありません。
横田滋さんの件について言及するのに時間がかかった理由がもう一つあるのです。

実は、娘(息子)に会えないまま亡くなるお父さん(お母さん)は多数日本国内にいます。

僕自身何度もFacebook等で言及しているので聞いたことがあるという方もいらっしゃると思うのですが、日本では、離婚をきっかけに親権を否定され、それまで愛情に溢れる生活を送ってきた親子の絆が引き裂かれる、ある日を境にもう二度と会えなくなってしまった、そんな例が数多く存在します。

子供に会えない絶望を胸に亡くなってしまうという意味で、この方たちの気持ちとどこが違うのか、それをなおざりにしたまま横田滋さんへの追悼のみを述べることについて、自分の中でなかなか整理をつけることができませんでした。

なので、少し時間をおいた今、落ち着いた環境の中であえて述べさせていただきたいと思います。

そこには北朝鮮のような無法国家は介在しません。だから分かりにくいし、家庭内のことだから余計に共感を得にくいのかもしれません。

悪いからこの被害に遭うわけではありません。誰もがこの被害に遭う可能性があるにもかかわらず、その理解が広まっていないからか、当事者の方がこの被害を口にすると、「連れ去られる方が悪いんだ」とばかりに馬鹿にされ、ときには罵倒されることも少なくありません。

しかし、起きているのは、ある日突然親子の絆が切り裂かれるという、まったく同じ現象。

そして、この機会に併せてぜひ知っていただきたいのは、日本はそのような「児童の拉致」を許容している国として、日本が諸外国から非難されているという事実です。日本は北朝鮮を拉致国家として非難していますが、それと同じように、日本は拉致を認めている国として非難されているのです。

もちろん北朝鮮による拉致が認められない中で、親子の絆を取り戻そうと一生懸命声を挙げていた横田夫妻をはじめとする関係者の方々が抱えてきた絶望感や孤独の方が遥かに深かったと思います。

そのことは理解しつつも、それでも、声を挙げ続けることで必ず周りの方々に分かって頂ける、そういう心強い実例として拉致被害者の活動を見て参りました。

それだけに、親子が引き裂かれた象徴にも感じてきた横田滋さんには何としてもめぐみさんと再会を果たす、その夢を実現させてあげたかった。

この痛切な反省を胸に、同じような悲劇を繰り返してはならないと胸に誓い、これから活動を続けて参りたいと思います。

以下noteより転載

https://note.com/mitani_h/n/nad15a11bc0f4

衆議院議員 みたに英弘